遅ればせながら白土三平を読む

私はマンガ好きである。
そして作者が好きになるとほとんどそろえてしまいたくなる。
そんな読み方をするものだから非常に偏ってしまう。
いわゆる「トキワ荘」系の作家が好きなくせして、石ノ森章太郎、藤子不二雄、赤塚不二夫はほとんど買っていない。
自分でも不思議だ。
マンガは絵が汚くては興ざめである。
ストーリーも引きつけられるようなものでなくてはだめ、リアリティーも必要だ。
ギャグは下品ではいけない。
今のお気に入りは、あさりよしとお、いしいひさし、浦沢直樹、佐々木倫子、とり・みき、細野不二彦、山下和美、ゆうきまさみ というところか。
さかのぼれば、大御所 手塚治虫、あすなひろし、吾妻ひでお、小山田いく、鳥山明 となる。
白土三平 も私の基準からすれば入って当たり前、今まで買わなかったのがおかしいくらいだ。
白土三平 に手がつけられなかったのは、カムイ伝 にしろ 忍者武芸帖 影丸伝、シートン動物記 といった大長編に気負わされたのかもしれない。
さて、その カムイ伝 であるが、期待を裏切らない。
登場人物があれだけ多いと破綻してしまうものだが、全集の10巻(全38巻)まで来たところでも登場人物が物語りを拡げ飽きさせない。
白土三平 のマンガを単なる忍者マンガとしてみた場合、「マンガの世界、ありえないこと」とされてしまうだろう。
しかし、白土三平 は忍者を狂言回しに人間ドラマを描いているのだ、忍法が科学的に実現できないものであったとして何が問題だろうか。
白土三平 のマンガには支配層と被支配層の闘い、階級闘争が描かれる。
白土三平 が強く描かなければいけないと思ったこと、それは時代の変革だったのかもれない。
江戸時代という身分社会の場を借り、人間が人間を搾取し支配する世界を描くこと、そこに我々読者は何を思うのだろうか。
近年、マンガを原作にしたトレンディードラマなるものが数多く作られている。
人を人が好きになる、充分ドラマチックであるはずなのだが、白土三平 の歴史観を背負った作品の前には“なさけなくなる”。
はっきりいって元気のないときにはつらいマンガである、心して読むことにしよう。
(本文中 敬称略)
0 件のコメント:
コメントを投稿
登録 コメントの投稿 [Atom]
<< ホーム