sat's blog

2007/06/29

詐欺!

ヤフオクで詐欺にあってしまった。
正規出品者を騙った詐欺メールにまんまとだまされてしまったのだ。
気をつけているつもりなのだが、詐欺の手口はどんどん巧妙になっている。
今までは大丈夫でも、明日からは危ない、とんでもない世の中になってしまったものだ。

2007/06/26

大暴走!

落札してしまった…、レンズを。

これでプリンタも、次期デジタル一眼レフも今年度はお終い。
こうなったら宝くじに頼るしかないかな。

2007/06/25

6万6千ボルト! その2

今日は 6万6千ボルト の電気設備を、自分の手で遠隔制御で投入(簡単に言うとスイッチを入れること)した。
前回は現場で投入に立ち会ったから、遮断器の動作音や変圧器の励磁突入電流のショックも鉄損による唸りも味わえたのだけど、今日は10km近く離れた場所での操作なので現実感はまるでなし。
液晶画面から安全装置のロックを解除し、遮断器の投入指令を入れ、確認をクリックすると遮断器のシンボルマークが緑から赤に変わり、「ピンポ~ン」という警告音が状態変化を告げる、たったそれだけ。
いやはやなんという現実感のなさ。

私はどちらかというと現場で指令員に停電手配を要求する立場なんだが、あの現実感のなさには背に冷たいものを感じた。
もちろん、現場でもきちんと停電しているか確認するし、保安接地は取るのだが、ゲーム以上に簡単な操作ははっきり言ってコワイ。

団塊の世代というベテランが職場から次々と姿を消し、促成栽培で現場を良く知らない者たちが設備を作り、運用する。
大丈夫なんだろうな、ニッポン。

2007/06/18

悪運強し!

背にしょったかばんの中から、EOS20DEF 70-200mm 1:2.8L USM が落下した。
…、恐ろしいほどのショックが襲うかと思ったのだが、そんなこと思えるほど、あきれるほど冷静であった。
EF 70-200mm 1:2.8L USM の先端から落下したためレンズキャップはひしゃげ、プロテクトフィルタは見事に粉々になった。

こなごなになったプロテクトフィルターのガラスを慎重に取り除き、ひしゃげたフィルター枠を金ノコで慎重に切れ込みを入れ、鉄板を差し込んで取り除いた。
で、スイッチON。

EF 70-200mm 1:2.8L USM は重量級レンズだから先に落ちたのだろう。
それが功を奏したようだ。
悪運はまだまだとても強いらしい。
ボディもレンズも動作OK!

これを悪運と言わずなんというのか。
これが、いつもの EF-S 10-22mm 1:3.5-4.5 USM だったらどうだろう。
ボディ側から先に落ち、エンジニアプラスティックスのレンズと共に大変なことになっていただろう。
やれやれ、助かった。

2007/06/16

6万6千ボルト!

6万6千ボルトの電気設備を使用開始した。
いつもは6千6百ボルト、たまに2万2千ボルトを扱うだけだったので少々緊張した。
変圧器は6千キロボルトアンペアが2台だから6万6千ボルトとしてはさほど大きなものではない。
2万2千ボルトで充分なのだが、諸般の事情で6万6千ボルトの受電となったのである。

初めての6万6千ボルト受電に少々準備したのだが、それが充分役に立ったのかといえば心もとないものがある。
いざ受電となってからあれもこれも確認しておけばよかったと思うことしかりである。

う~ん、いつものことか。

2007/06/07

7万4千9百ボルト!

やっと使用開始する電気設備の手続きが終わった、長かった!

先月末までは検査のオンパレード、きつかったなぁ。
何せ今回は受電電圧が公称6万6千ボルトだから、絶縁耐力試験電圧が7万4千9百ボルト(※1)、今までの(工場外では)一番の試験電圧でした。
4万ボルトを越えたころから、シャーっという乾いた音が試験会場を包みます。
その10分間の長かったこと。

今まで特高受電といっても2万2千ボルトどまり、「たった高圧(6千6百ボルト)の3倍ちょっとだろ」てなもんでしたが、6万6千ボルトは別世界でしたね。

来週末には実際に6万6千ボルトが乗ってきます。
いつまで使ってもらえるか、自分の手で撤去工事や改良工事はしたくないものです。

※1:試験電圧=公称電圧÷1.1×1.15×1.1(※1)=最大使用電圧×1.1
※2:中性点接地の場合、非接地の場合は1.25

2007/06/03

コニカミノルタプラザを訪れる

コニカミノルタプラザを訪れた。

■コニカミノルタプラザ http://konicaminolta.jp/about/plaza/index.html

コニカミノルタ特別企画展 地球の上に生きる2007 DAYS JAPAN フォトジャーナリズム写真展

DAYS JAPAN は創刊からしばらくの間しばらくの間購読していた。
真のフォトジャーナリズム詩というのは、日本ではこの雑誌を置いて他にはあるまい。
しかし購読を中断し、そのままとなってしまった。
それはなぜか。

「地球が100人の村だったら」という言葉がはやったことがあったが、そのうち何人が幸福であり、安心に暮らすことができているのだろうか
そして、その不幸であり、暮らすことに不安を抱いている人の何人が報道されているのだろうか

DAYS JAPAN は、その不幸であり、暮らすことに不安を抱いている人のうち、大手ジャーナリズムが目を向けない、目を向けられないことに遠慮もなく目を向け続ける。
すべてを伝える、これは“偏向のないジャーナリズム”の証なのであろう。

しかし、とにかく内容が重いのである。
しかも救いがほとんどない。
DAYS JAPAN に掲載される写真の一つ一つを見るということは、非常にエネルギーを使う。
そして、自分の写真があほらしく思えてしまうのだ。

本物は常に厳しいのだ、そんなことを改めてこの写真展から突きつけられたようだ。

2007/06/01

“ソニー・タイマー”が炸裂

“ソニー・タイマー”が炸裂した。
モバイルノートが危篤となり、ICUに入った。
とりあえず一命は取り留めたものの、HDDがクリーン状態となってしまった。

冗談じゃない、私の性格からしてCDやID、PWがどこかに行ってしまっており、半分も回復していない。
バッファローのように一からダウンロードさせてくれるところは何とかなるのだが、MSとかアドビなどはそうは行かない。

パソコンによって生産性は向上したのだろうか、そんなことはないような気がしてきた。